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2010年10月アーカイブ

先日、某所で教えてもらったので、いちおうここに記録しておく。

環境省がやってきた平成21年度ExTEND2005野生生物の生物学的知見研究成果発表会から
『アカトンボ減?傾向の把握とその原因究明』

この研究では
「アカトンボ類の急激な減少原因については、これまでの研究により,育苗箱に使用される浸透性殺虫剤、とりわけ全国的に流通量の多いフィプロニルによって引き起こされている可能性の高いことが明らかになってきた。」
という分析をしている。フィプロニル(商品名:プリンス粒剤)。メーカーはいろいろだが、たとえば「プリンス粒剤」

アキアカネは夏は高山に移動して生活する。わたしも若いころは山に登っていたからよく知っている。この報告にも出てくる白山あたりはとくに赤トンボを多く見かけた。もう40年近く昔のことだが・・。2000メートル前後の尾根筋を縦走していると、天気の良い日には必ずと言っていいほどアキアカネの大群が空を飛んでいる。トンボの群れは好奇心旺盛で、登山者が歩いて行く方向にどこまでもどこまでも付いてくるものだ。ちかごろは、そういう風景も見られなくなっているのだろうか。

ちなみに、我が家はコメを作っていないので、この名前が挙がっているタイプの農薬とは縁がない。

アキアカネについては、去年もこのブログに書いた。
「ミツバチ、スズメバチ、赤トンボ、農薬?」

ちょっと時季外れになったが、10月10日はかつて東京オリンピックの開会式が行われた記念すべき日。

このブログで今年の2月、スノーボード國母『腰パン』騒動について書いた。そこで、東京オリンピックの入場式では、日本人選手団がハイル・ヒットラーのような行進をした、というようなことを書いた。わたしの記憶は確かにそうだった。小学校5年だったか6年だったか、学校が早く終わって、先生が「家に帰って開会式を見なさい」というようなことを言ったのを覚えている。家のテレビでみんなが見た。

で、記憶はそうなのだが、確認しようと当時の映像をインターネットで探してみた。しかし、「ハイル・ヒットラー」している日本選手団の姿を見つけることが出来なかった。記憶違いだったのだろうか、そんなはずはないのだが。覚えている人はいないかなあ。

監督・市川
東京オリンピック開会式(ニコニコ動画)

10月10日、元祖「体育の日」は東京オリンピック開会式の象徴でもあった。あの日は快晴だった。

この体育の日を10月の第二週月曜日に法律で変えてしまったとき、日本人の価値観はある意味で壊れた。変えたから壊れたのではなくて、もうすでに壊れてしまっていたから変えたのだろう。10月10日という、戦後日本の「歴史的日付」を日本人は捨てた。東京オリンピックが持っていた、晴れやかな日本の「よき時代」、そのシンボルとしての10月10日を捨てた。(1998年の祝日法改正)

このことの意味は、2010年の今、ふりかえると、非常に重いものがあるように感じる。ちょっと大げさかもしれないが、1990年代以降の衰退、漂流する日本がそこにある。暗い雲のたれ込めてしまった日本がある。体育の日はただの休日のひとつでしかなくなった。何月何日でもいいから休みでありさえすればいい。連休にしさえすればいい。休みを増やせばいい。日本国民よ仕事はするな。遊びに行け。カネを使え。

市川の東京オリンピック記録映画は、完成した後、小学校の時か中学生になってからか忘れたが、映画館で観たことがあった。ひょっとして学校で映写会があったかもしれない。ニコニコ動画であらためて見直してみると、あのころの日本と日本人、それに米ソの二極世界が鮮やかに見えるだろう。時代の空気や風の色さえよみがえってくるだろう。

その日本も、日本人も、世界も、今はない。
誰かがヨーゼフ・Kを誹謗したにちがいなかった。なぜなら、何もわるいことをしなかったのに、ある朝、逮捕されたからである。
フランツ・カフカ 『審判』 のあまりにも有名な書き出し(原田義人・訳)。これに 『ある流刑地の話』 を加えれば現代ニッポンが見えるかもしれない。

前回13日付けのブログで、東京第5検察審査会が4月と9月の二度、小沢一郎起訴相当の議決をした件について書いた。二度の検察審査会審査員はまったく別の顔ぶれという前提で書いたのだが、この11人が全員再任された同一の11人ではなかったか、という推理をした人がいた。

『検察審査会の審査員平均年齢の謎 審査員は1回目と同じではないのか!?』

なるほどね。十分あり得る話だ。

このブログでも、ツイッターでも、わたしは何度も書いてきているが、審査員は、くじで選ぶとか、任期が半年で入れ替わるとか、まったくのウソだ。「もう絶対にやめる!」と意思表示しなければ何度でも再任される。結果、我が家の爺さんは30年も何年も審査員をやらされている。何期も再任されている委員はめずらしくない。この制度運用のでたらめ実態をマスメディアはまったく報道も追求もしていない。ジャーナリストも評論家(立花某など)も法律学者も同じ。国会議員も同じ。アホとちがうか。

こういう幽霊のような、魑魅魍魎の審査会が日本の政治を左右していることのおぞましさ。小沢一郎だけが特殊なわけではなくて、それはJR福知山線脱線事故の議決でも、明石花火大会事故での議決でも同じことが言える。

分別もわきまえない11人を集めれば、訳の分からない理屈でもって人を被告人席にむりやり突き出すこともかんたん。朝日新聞始めマスコミがおだてあげる「市民目線」とかいう、無責任な感情が優先する空気のなかで、匿名の人たち、どこの馬の骨だか知れない11人の多数決で人一人の人生を変えてしまうことができてしまうのだからね。日本の人権状況は中国か北朝鮮以下か。

付け加えておくと、検察審査会の背後にあるのは最高裁判所事務総局(Wikipedia)という、検察庁とならぶ最強の国家権力機関。これが「顔のない国家権力」の正体。顔のない権力は、空き地で人をイヌのように処刑する。跡形もなく。

20代、30代のアホさ加減の分析はまた後で。

郷原信郎弁護士と櫻井敬子教授(学習院大学)の解説レクチャー:
検察審査会システムの憲法違反の可能性に言及。審査会議事録の開示請求についても解説。






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