誰かがヨーゼフ・Kを誹謗したにちがいなかった。なぜなら、何もわるいことをしなかったのに、ある朝、逮捕されたからである。フランツ・カフカ 『審判』 のあまりにも有名な書き出し(原田義人・訳)。これに 『ある流刑地の話』 を加えれば現代ニッポンが見えるかもしれない。
前回13日付けのブログで、東京第5検察審査会が4月と9月の二度、小沢一郎起訴相当の議決をした件について書いた。二度の検察審査会審査員はまったく別の顔ぶれという前提で書いたのだが、この11人が全員再任された同一の11人ではなかったか、という推理をした人がいた。
『検察審査会の審査員平均年齢の謎 審査員は1回目と同じではないのか!?』
なるほどね。十分あり得る話だ。
このブログでも、ツイッターでも、わたしは何度も書いてきているが、審査員は、くじで選ぶとか、任期が半年で入れ替わるとか、まったくのウソだ。「もう絶対にやめる!」と意思表示しなければ何度でも再任される。結果、我が家の爺さんは30年も何年も審査員をやらされている。何期も再任されている委員はめずらしくない。この制度運用のでたらめ実態をマスメディアはまったく報道も追求もしていない。ジャーナリストも評論家(立花某など)も法律学者も同じ。国会議員も同じ。アホとちがうか。
こういう幽霊のような、魑魅魍魎の審査会が日本の政治を左右していることのおぞましさ。小沢一郎だけが特殊なわけではなくて、それはJR福知山線脱線事故の議決でも、明石花火大会事故での議決でも同じことが言える。
分別もわきまえない11人を集めれば、訳の分からない理屈でもって人を被告人席にむりやり突き出すこともかんたん。朝日新聞始めマスコミがおだてあげる「市民目線」とかいう、無責任な感情が優先する空気のなかで、匿名の人たち、どこの馬の骨だか知れない11人の多数決で人一人の人生を変えてしまうことができてしまうのだからね。日本の人権状況は中国か北朝鮮以下か。
付け加えておくと、検察審査会の背後にあるのは最高裁判所事務総局(Wikipedia)という、検察庁とならぶ最強の国家権力機関。これが「顔のない国家権力」の正体。顔のない権力は、空き地で人をイヌのように処刑する。跡形もなく。
20代、30代のアホさ加減の分析はまた後で。
郷原信郎弁護士と櫻井敬子教授(学習院大学)の解説レクチャー:
検察審査会システムの憲法違反の可能性に言及。審査会議事録の開示請求についても解説。
コメントする