このページは第15章 「エコロジー(中編)天国と地獄」の補足として書いたものです。図1,3は出典 IEA。その他の図は IEA のデータから筆者が作成したグラフおよび Google によるものです。図はすべてクリックで拡大表示します。
北海油田の枯渇がせまる
風力発電を積極的に導入して再生可能エネルギーの王国と見なされるようになったデンマーク。そのデンマークがこの30年あまり、エネルギーを自給し、輸出力さえも持っていたのは、もちろん風力のおかげなどではなく北海油田の威力だった。1970年代の中東・オイルショック以後の時代、この油田発見は同国にとっては最大のエネルギー安全保障となってきた。しかし、北海油田の枯渇。それはもう目の前にある。国産の石油と天然ガスは、これから10年くらいのうちに無くなってしまう運命だ。したがって、化石燃料は30年以上昔に逆戻りして、ほとんど輸入するほかなくなる。まさにエネルギー安全保障上の大きな危機が迫ってきているということだ。(この段落とグラフ、補足追加 2015/03/04)
右のグラフは、第15章 「エコロジー(中編)天国と地獄」でも使ったが、日、英、独、デンマークのエネルギー輸入量の変化を表している。イギリスとデンマークは北海油田の発見で一躍、エネルギー輸出国になったが、油田の枯渇でイギリスはすでに輸入国に逆戻りしてしまった。イギリスの後を追うように、デンマークももうすぐ輸入国に転落する。この4国のなかで、日本だけは原発全面停止で輸入依存度が一気にたかまった。ほぼ100%海外依存の異常さが際だっている。
原油の産出でうるおったデンマークの経済も風前の灯火といえる。ほんの数年前までは「幸福度」世界一、とさえ言われていた。一人当たりGDP の変化を見るとこのことがよく分かる(下図参照)。1990年代から2005年頃までは北海油田の産出急増で日独を断然引き離すようにもうかったデンマーク。しかし、産出激減とともに GDPは失速した。日独は2009年リーマン・ショックの落ち込みを乗り越えたが、デンマークだけは回復できないままだ。北海油田バブルは終わった。もともとデンマークは電気料金が高いことで有名だが、再生可能エネルギー増強政策がこれに拍車をかけている。経済力の足腰がさらに急速に弱まっていく。回復することはもう無いだろう。(補足追加:ここまで 2015/03/04)
減りつづける発電能力、強まる輸入依存
国内の発電事情を見よう。グラフにあるように1980年代、1990年代にほぼすべての電力を生んでいたのは石炭火力発電所だった。デンマークは石炭を国内産出しないので全量輸入して燃やしている。その石炭輸入量の減少。これは二酸化炭素の排出削減という政策的な意味があった。2030年までに石炭火力を段階的に廃止する計画という。その減らした分を補うかのように、北海油田からの天然ガス火力発電を増やしてきたデンマークだが、油田の枯渇がせまってくると天然ガス生産量も同時に減り始めた。風力など再生可能エネルギーも増強してきたものの、発電総量の低下をくい止めるほどの力はない。当然足りない電力を輸入に頼ることになる。ここで「火力」となっているなかには、化石燃料だけでなくバイオマス(薪、廃材、麦わらなど)が含まれていることに注意。以下同様。なお、森林の少ないデンマークでは、この木質系のバイオマス燃料はほとんどが輸入に頼っている。
グラフは月毎のデータ。ヨーロッパとくに北欧諸国は年間の電力消費ピークが冬場にある。夏にピークが来る日本と逆だ。また、風力発電が冬季により多くの電力を創り出していることもグラフから分かる。この点は日本でもおそらく同じだろう。冷房需要の高まる日本の夏に風力を期待するのはむずかしい。
わざわざ火力を減らして、足りない電力分を輸入するというのはなぜか? おそらく、国産の電力を増強するよりも隣の国から輸入した方がとりあえずの経済的メリットが大きいからだろう。国産の火力発電と言っても石炭は輸入なのだから、燃料を輸入するか電力を輸入するかのちがいだけで、エネルギーを輸入することに本質的なちがいはない。
この点をちょっと補足すると、とりわけ2012年に輸入量が突出して多くなった原因は、じつは隣りあうスウェーデンとノルウェーにある。これらの国ではこの時期、水力発電の発電量がいつもより高い水準にあった。つまり安い電力を大量に輸出できる状態にあった。デンマークはこれを利用したのだった。
ここで上のグラフを見ていくと、さらに疑問が湧いてくる。電力を輸入しているときも同時に輸出するのはなぜか? しかも全体の電力供給力が足りないときも輸出しているのはなぜか?それは需要と生産が地理的にも時間帯的にもマッチしていないからだろう。欲しいときに足りない。要らないときに作りすぎる。欲しい地域で足りない。必要でない地域で余る。そういうアンバランスな状況を風力発電が生みだしている。これを解決するには、電力を隣国とのあいだで出し入れするしかない。その傾向がより一層強まっているということだ。
右上のグラフは年ごとの電力輸出入合計値をしめしているが、この21世紀、輸出はゆっくり低下、輸入が急増している。
それにしても、デンマークの年間総需要が3万GWhくらいだから、この輸入量、輸出量のいかに大きいことか。よくこんな芸当をしていられるものだと感心する。こうした輸出入ができる背景は、デンマークがノルウェー、スウェーデン、フィンランドの北欧4カ国で電力の取引市場をもっていること、さらにドイツとも輸出入とくに輸入ができるという条件に支えられていることがある。要らない風力の電気は輸出してしまう。そして必要な電力をノルウェーやスウェーデンから輸入する。その電力は水力、火力、原子力で作られた電気。このジョーク。
電力が安く自由に輸入できるのはいいが、それでは外国に依存していることの裏返しになる。消費地としての東京が福島や新潟から電気を持ってくるのとさして変わりはない。電気は保存しておくことができないのだから、必要なときにまちがいなく供給してもらうことが絶対条件だ。それを外国任せにしていいのか、そういう問題をはらんでいる。化石燃料も10数年後にはすべて輸入になるのはまちがいない。これに電力の輸入も加わるわけだから、デンマークはエネルギー面の自立をほとんど失うことになる。風力への依存増大は、自立とは逆にエネルギー安定供給の土台を非常に不安定な構造に変えていく。国家が「風任せ」になったらどうなるのか。
風力は捨てるための電力か
最後に興味深いデータ、右グラフ。
再生可能エネルギーでつくられた電力と輸出電力がほぼパラレルに変化している。グラフがきれいに重なる。さらに、ここで示している再生可能エネルギーとはほとんどすべて風力だ。北欧は冬に電力需要が高まる。その電気が欲しい季節というのに輸出量も増やしている。一見して不可解なことだ。余っているから輸出しているなら分かるが、そうではない。夏場も冬場も需要と関係なく輸出していて、しかも輸出量が風力発電量とほぼ同じ。偶然にしては余りにもおかしい。どうしてそんなことになるのか。
このことから推測できる。風力発電はすべて無用な電力である。風力発電所は国内では要らない電気をつくっている。そう見えてくる。デンマークにとっては再生可能エネルギーは国内需要向けでない。つまり、国内の電力消費形態に合わない。もしくは消費地から離れすぎている。そのために国内の需要に不適、不要な電力になっている。もっと言えば、使いづらい使いたくない質の悪い電気だ。だから、役立たずは国外に捨ててしまって、代わりの電力を輸入している。そういうかたちになっている。
これを見ると、いったい何のための再生可能エネルギーなのか。何のための”風力発電大国”なのか。そう言いたくなるだろう。これが再生可能エネルギー王国の”不都合な真実”だ。この点について答えを説明できる人がいれば、ぜひ教えてほしい。
デンマークは日本で言うと北海道や九州レベルの規模。日本のこれらの地域がもしデンマークと同じことをやろうとしたらどうなるか。その答えは以上のデータからはっきりしている。電力供給のひどい不安定化だ。15章でも書いたようにそれは電気料金の高騰をともなって襲ってくるだろう。まして日本が全国規模でやったら目も当てられない・・・
(2016年1月追加補足):ちょいと公正を期すため、上の電力輸出と風力発電の関係のグラフを更新したのが以下のグラフ。両者の関係は、2010年以前はかならずしも一致しているわけではないが、増減に一定の傾向は見える。また、最近は輸入量のほうが急増していて、あえて輸出する余裕そのものが、だんだん少なくなってきているのが実情だ。
蛇足でつけ加えれば、福島原発事故直後に威勢のいい「脱原発宣言」をしたドイツにとっても、再生可能エネルギーのまえに高い壁が立ちはだかっている。すでに指摘されつづけてきた固定価格買い取り制度(FIT)によるコストの急増はもちろん。そして、上にデンマークで書いてきたとおり、再生可能エネルギーを電力供給システムのなかに大量に抱え込むことの困難。国内だけでは始末に負えない不安定さをもたらしつつある。
■ 補足追加(2015年1月):デンマークに加えてオーストリア、ドイツ等についても書いてみたのでこちらもどうぞ。
→ 18章 『里山資本主義』とか「スマートシティ」とか