無農薬・無肥料で「奇跡」のリンゴ

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新聞やテレビに取り上げられて目に付くようになった『奇跡のりんご』。先日も朝日新聞が日曜の読書面で「売れている本」でもちあげていた。わたしは見てないが、NHKテレビ 『プロフェッショナル?仕事の流儀』で茂木健一郎がもてはやしたのがキッカケらしい。

この青森の木村秋則氏による「自然栽培」農業については、現地の畑を見学したわけでもないので、無責任なことは書けない。しかし、なんだかなあ、であるよ。


病気予防は食酢散布だけ。農薬を一切使わず、肥料も入れない、草ぼうぼうの畑にすれば、良いリンゴが採れるのだそうだ。氏の『自然栽培ひとすじに』(創森 社刊)をパラパラと読んでみた。パラパラと読める。それくらい中身が薄かった。何もしないような「農法」だから、内容も何もない(笑)。と言ったら失礼 か。リンゴの枝振りを写真で見ても、残念ながらこの木にいい花芽が付いていいリンゴが実るようには見えない。

リンゴの病気については黒星 病と斑点落葉病だけ書いてある。これがもちろんリンゴの病気のすべてではない。タンソ病、カッパン病、モニリア病といった(リンゴ農家にとって重大な)病 気にはひとことも触れていない。これは、リンゴ農家ならだれでも知っている恐ろしい病気だ。これが全部、酢で防げるとはとても思えない。今週の農作業日誌『無農薬という信仰』

リ ンゴの害虫についてはハマキ虫(蛾)のことしか書いてない。たしかにハマキは葉っぱや花を食べる青虫だから、目で見つけてつぶせば、農薬はなくてもなんと かなる。時期的にも5月ひとつきくらい気をつければなんとかなる。それはそうだ。しかし、この他の虫はそう生やさしい連中だけではない。アブラムシ、シン クイ虫、カメムシ、ハダニ、どれも非常にてごわく、しつこく、致命的な被害をもたらす。

シンクイ虫(蛾)は果実のなかに入る虫だから、見つけてつぶせるものではない。カメムシは逃げ足が速くて神出鬼没。リンゴがデコボコにされる。ハダニは葉っぱの葉緑素をかんぺきに破壊して、茶色にしてしまう。その繁殖力のすごいこと。

果樹農家は、花が咲く季節の1ヶ月くらいのあいだ、殺虫剤の散布はぜったいしない。なぜならハチもいっしょに殺すことになるからだ(脱皮阻害剤という農薬は例外)。無農薬、無肥料にしていれば、害虫もリンゴ畑に飛んでこなくなるそうだ。ならば、ミツバチやマメコバチも飛んでこなくなるのか。リンゴやさくらんぼの花の季節には受粉をたすけるハチが欠かせない。ぶんぶん羽音をさせて飛び回る無数のハチがいなくてはいけない。自然栽培しているとハチも寄ってこなくなるのか。ハチだけは都合よく集まってくれるのか。そんなおめでたい話があるのだろうか。

ニッ ポンのリンゴ栽培は明治7、8年には試験的に始まっている。つまり、もう130年くらいの栽培の歴史がある。そして、先人が苦労を重ねて今のリンゴ栽培方 法をつくりあげてきた。それは言い換えれば、病気と害虫との戦いだった。そう言っていいだろう。その結果が今の栽培体系なのであって、「奇跡のリンゴ」はこの 歴史を完全否定しているわけになるのだ。無農薬、無肥料にすれば病気も虫もつかなくなる!、と。

我が家には、明治44年初版 『ヘイ果栽 培法』(ヘイ果とはリンゴのこと、ヘイは草冠に平という漢字)、大正7年刊 『ヘイ果栽培講義』、昭和6年刊 『リンゴ研究』 という古い解説書がある。古い解説書をめくると、今と はまったくちがった病害虫の防除がされていたことがわかる。というか、大変だっただろうなあ、と思う。農家もある意味、命がけではなかったか、と思う。こ ういう歴史があってこそ、今の病害虫対策があるわけだ。そして、木村氏が化学農薬使用をやめたという1977年からみても30年。もうそのころの農薬と同 じものは今ほとんど使われていない。ボルドー液と石灰硫黄合剤くらいだろう。それも使う人は少なくなった。農薬の種類も質もおおきく変わってきた。

現在のリンゴ栽培で、無農薬にしなければダメだという必然性は無い。無農薬にするメリットは見あたらない。少なくするに越したことはないが、だからといって無農薬にする必要もない。地元青森のリンゴ農家のなかさえ、木村氏の賛同者がだれもいないと言われるのは、当然だろう。もし地域全域で無農薬をやったら、農村地域は壊滅するだろう。

果樹畑の下草刈りをしなければどうなるかといえば、野ネズミの天下だ。草に隠れて天敵からも見つかりにくい。リンゴは苗木から若木にいたるまで根っ子も樹皮もきれいにかじられて、無惨に枯れていくだろう。

我が家で無農薬でもりっぱに実が取れるのは、柿(平タネナシ)とブルーベリーだけだ。リンゴはもちろん、桃や桜桃(さくらんぼ)はぜったいに無農薬は成り立たない。2割3割の減収なんて程度で済まない。無農薬にすれば全滅だ。そもそも自然界はそんなに人間に甘くはない。やさしくもないのよ。いいとこ取りの、人間にとって都合いいだけの「美しい自然」なんてものもありえない。

わたしの偏見によれば、農村で暮らしたことのない高学歴の知識人ほど、こういう「無農薬」とか「有機農業」とか「自然栽培」とかいうものに宗教的共感をおぼえるのではないか。反近代主義的な心情に誘い出されるのではないか。たぶん、これはコン プレックスだろう。ドン百姓のような肉体労働者になれない自分の劣等感が、その裏返しのユートピアをあこがれる。それが、怪しげな話にころ りと乗せられる結果になる。

ガ ンは若い人ほど進行が早い。年寄りはゆっくりしか進まない。果樹のハダニは元気のいい木の葉っぱにつく。衰弱した木は見向きもしない。さくらんぼのショウ ジョウバエは、枝の先端の一番早く熟して大きい実に真っ先に侵入する。虫もよくわかっているのだ。おいしく栄養があるところが大好きなのだ。本能的に知っ ている。虫が寄ってこない果実があるとすれば、それは食っても何の栄養にもならないか,、さっぱり美味くないからだ、としか言いようがない。


我が家には、家のすぐ裏手に1本の「無農薬・無肥料のリンゴ」が立っている。もう20数年、ほったらかしの樹だが、「奇跡のリンゴ」がいっぱい成ったことはない。樹は30歳くらいになるが、10歳くらいの大きさで成長が止まったまま老化、衰弱しつづけている。

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この話のつづきを、本ブログ以下のページに書いてあるので、合わせてどうぞ。

無農薬「奇跡のリンゴ」は有袋栽培(3月23日)

今年8月に撮影した我が家の「奇跡」のリンゴを以下に載せました。

「奇跡」のリンゴの写真

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