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2007年3月アーカイブ

3月去っていく

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屋根の雪下ろしを一度もしないで冬が終わった。天地開闢以来初めてだ、とか(笑)。

3月10日ごろまでには、畑の雪も一部をのぞいてほぼ消えていた。
その後10日間くらい寒い日が続いて雪が10センチくらい積もった。しかし、それも23日頃には消えた。

県の農業改良普及所の先生によると、リンゴや洋梨、桜桃の芽の生育は平年とくらべて2日早い程度だという。2月ごろは1週間早まっているというデータだったことからすると、3月中旬の寒の戻りが急ブレーキをかけたことになる。

とはいっても4月の天気がいちばん問題だ。開花の時期はけっきょくこれからの気温が決める。

減らない暴力団

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3月18日朝日新聞の記事タイトルだ。
なぜ暴力団は減らないのか。「彼らを利用する一般市民がいるから」だそうな。
「厄介な筋からの抗議を何とかしてほしい」と一般市民から頼まれる。解決してやる。

これを、厄介な筋=キム・ジョンイル、一般市民=ニッポン人、暴力団=アメリカ合衆国
と読み替えてください。暴力団が無くなるわけないよなあ。まったく。

つい最近も、ブッシュとチェイニーに拉致解決お願いしていたご婦人がいた。もうちょっと自分のことだけじゃなくて、世界に目を向けて欲しいもの、と思うのだが・・・。

彼ら暴力団の組長と副組長はイラク抗争で忙しくて、チェイニーも北朝鮮問題で安倍に会いに来たんじゃなくてイラク、アフガニスタン暴力団抗争の支援を安倍に約束させに来たのだ。アジアのずっと西の方で人殺しに忙しいブッシュやチェイニーに、お頼みする感覚がわたしには理解できない。チェイニーはニッポンの直後に行ったアフガンで暗殺されるところだったぐらいだ。

それとも、同じクリスチャン同士でハンチントン流文明の衝突論者なのだろうか。ムスリムとか金日成信者とかは抹殺した方が安心安全だ、と。

アントニオ・ネグリ&マイケル・ハート著 『マルチチュード』(上下・NHK ブックス)

読むのに難儀した。
9割方意味が分からなかった。残りの1割は”雰囲気”としてよく分かった(笑)。1割のうち半分ぐらいは、ネグリとハートが農業者の位置づけを高く評価しているところ。

要するに、ネットワーク型の運動体についての思考。

前著 『帝国』 はだいぶ前に買ったが、いまだに読まずほこりをかぶっている。確かブッシュがイラク侵攻をはじめたころに買った本だから、もうイラク戦争くらい長い間、本棚にそのまんまだ。イラク戦争は終わらないから、本を読むのも急ぐ必要がない。いったいこの間、何万人が死なねばならなかったのか。アフガニスタンもふくめると、アメリカ人がいかに阿呆な大統領をかついでいるか、呆れざるを得ない。

アメリカという国を見ると、自由主義な国家社会は時間とともにより良いものに進化するというのが妄想であることを知るだろう。国家は必然的に劣化する。避けがたく退化する。生ものは腐敗する。アメリカとは、消費期限のとっくに過ぎた生クリーム菓子のことである。最初は美味しそうに見えたが、食べてみると腐っている。

確定申告

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きのうから雪で、確定申告の元データ整理をやっと終えた。基本的な数字を出したので、あとは申告書に書き込んでいくだけになった。安心安心。

畑はまた雪が全面覆ってしまった。まだ10?20センチ程度だが、明日までにもっと積もるかも知れない。
雪が解けて地面が出るまで枝集め作業は一時中断だ。
さあ、しばらく読書でもするか。

剪定が終わった

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おととい剪定作業がすべて終わった。例年よりも1ヶ月近く早い。80を過ぎている爺さんまでヒマなものだから剪定をする。ボケ防止か。ふたりでやるほどの大農園ではないんだが、「停年退職」というのがない。だからよけいに早く終わってしまう。

剪定が終わったのに、剪定技術の講習会がつづく。桜桃が6日に、りんごが15日だ。
いつもならまだ終わっていないが、今年は終わってしまった。
剪定は果樹栽培の基本中の基本だ。人によって性格が表れたりする。
去年の結果を思い出しながら、実がなった状態を想像しながら、一年間の全体計画を頭にいれながら、5年後、10年後の樹形を思い描きながら、切る。

昨日今日と雪がちらついている。新雪が少し積もったがすぐに解けた。畑の雪ももうほとんど無くなってきた。

確定申告の締切日も近付いている。しかし、おっくうで、手が付かない。

トップページの表示が、一部の来訪者にとっては狂っていたみたいだ。今日はじめて気が付いた。

Windows98 / InternetExplorer6 の環境では、表紙に大きい空白部分ができていたようだ。わたしは通常、WindowsXP / IE or Firefox か Linux / Firefox でウェブを見るので今まで気が付かなかった。1月末から、雪降り部分の設定に不具合があった。恥ずかしい。

温室栽培

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先日、NHKのローカルニュースで、山形県の東根だかどこだかの桜桃農家で桜桃(サクランボ)の花が満開になった。という話題を流していた。もちろん、ふつうは未だ花が咲くわけはない。加温された温室(ハウス)の桜桃の話だ。たいてい毎年今ごろになると必ずこの手の話題が放送される。

ま、まだ外は雪もちらつこうかという季節にサクランボのお花見ができるのだからオメデタイことだろう。

自由主義社会にあっては、法律に触れない限り何をやったってかまわない。技術的に可能ならば何をしても文句は言われない。サクランボを誰よりも早く出荷すればもうかる。今が満開とすれば果実は4月下旬には出荷できる。普通栽培より2ヶ月も早い。当然のこと高値が付く。いうまでもなく、高値が付くといってもそこまでにかかる経費が大きすぎればペイはしない。だから、こういう加温ハウスの早出し農家が経済原理にのっとってサクランボを栽培するのは自由勝手だ。

法律に触れない限り何をやってもかまわない、と書いたが、読者はお分かりのことと思うが、そんなことはないのだ。法律で制限されていないことであっても、やらないほうがいいことはいくらでもある。技術的に可能であってもやっていけないことはいくらでもある。結論から書くが、サクランボの温室栽培や加温ハウス栽培は悪だ。そういう農家は愚かだ。

サクランボ農家なら誰でも分かるが、サクランボの魅力の重要な要素は、季節感があること、だ。せいぜい6月から7月初めまで、厳密に言えば主力品種の佐藤錦で6月下旬の10日ないし2週間程度。この短期間にすべてが始まり終わってしまう。そういうじつに一瞬とも言える季節感がサクランボの生命なのだ。

農作物の多くが、「近代農業技術」とか言われるものの「お陰」でいつでも年がら年中市場に出回って、その季節感を失った。旬を捨てた。食糧難で食べるものがいつも足りないという時代ならともかく、そんなに青物野菜が冬場も無ければ人が死んでしまうわけでもなく、にもかかわらず現代ニッポンは1年中季節を忘れるような青果物が手に入るような国になった。

結果、旬を無くした、うまくない、栄養価の低い、「工場生産の野菜」がスーパーにならぶことになった。しかも生産者にとっては市場価格が低値安定することになって、やっていけない農業、食っていけない農業を決定付けた。

温室栽培サクランボや加温ハウス栽培サクランボは、今のところ全体の生産量からするとわずかなものだ。だから一般野菜とちがって旬や季節感を無くすところまでは行っていない。生産者の価格が安値に落ち込むということも起きていない。だからといって、そういう超早出し生産者が悪で汚いことには何ら変わりない。まさしく汚い農業。自分さえ良ければいいという農業だ。同じ果樹農家として恥ずかしくなる。

問題がそれだけなら、汚い野郎だと斬って捨てればよい。しかし、もう一つの問題は、そういう資本集約的な農業、エネルギー集約型施設園芸が自然界の流れを無視してかまわないという不遜な思想の上に成り立っていることだ。要するに、そういう農業は、農業ではなく、植物生産工業と呼んだ方がふさわしい。しかも、そうであるがために、環境破壊を促進することにすこぶる無神経な産業になりさがってきたのだ。

つづく。

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