あいさつ

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雪も一休みなので、畑に様子見に行ってきた。

その帰り道、小学生がふたり、自分の家の周りにできた雪の壁で遊んでいた。通り過ぎようとしたとき「こんにちはー」と大きい声であいさつが飛んで来た。「おお、こんちはー」とお返しをした。
今、冬休みがまだ続いているのだろう。
もちろん、わしとその男の子は何の関係もない。

この地域では、だいぶ前にも書いたが、小学生の下校時間になると、街頭スピーカーから下校のアナウンスが流れる。これが始まってもう3年近くになるかな。

この下校アナウンスというのがひどいシロモノで、騒音に等しい。午後の静かな町にとつぜん、虫ずが走る(笑)ようなチャイムから始まる。趣味のわるい音楽をダラダラ流す。高学年と低学年が1回づつ同じセリフをくりかえす。休みの日は静かでいいなあ、とホッとするのだが、冬休みが終わればまた騒音再開だ。

で、スピーカーから、「おまえら、子供を見守れ」という説教くさいテープを毎日毎日、流している。そんなことで地域の安全が守れると思う浅はかさよな。何度でも書くが、ぜんぜん、根本的に、考え方がまちがっとるよ。「事業仕分け」で切って捨てて欲しいムダ事業だ。

総務省「自動見守りシステム事例集」
を見ると、がんがん街頭スピーカで放送しているのは全国で唯一、米沢だけ。音の環境破壊。

ところが、この手の、子供を見守れみたいな「大切な事業」は一度始めると止められなくなる。止めようと言うと、子供が危険になってもいいのか!という妙な心理的圧力が生まれるからだ。おまえのせいで犯罪が起きた、なんてことにされるから、誰も「ムダだから止めよう」と言い出せなくなるのだ。うるさいなあと文句でも言おうものなら、たちまち「非国民」にされるだろう。こっちのほうが、おそろしい。

きょう、道端であいさつをしたような子供がいっぱいいてこそ、地域はみんなが子供を守るようになるのだ。そういう教育をしてこそ地域の安心安全が築かれるのだ。それが、ホンモノの地域のつながりというものだ。スピーカーで、録音テープで、あいさつするなんてのは、心を無くした野蛮人のすることだ。こんな機械にあいさつさせているようでは、教育する大人の資格はない。こういうことを企画した人たちには、前の記事「充電中」に紹介した『逝きし世の面影』でも、ゆっくり読ませたいものだヨ。

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