リスク論と農業

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先日、中西準子著『環境リスク学』を読んだ。2004年刊でそう新しくはない。
まとめて言ってしまえば、人間が作り出すいろんな化学物質や人工建造物(ダムとかゴミ焼却炉とか)などについて、それぞれがどの程度、人の健康寿命とか社会経済に影響を与えるか。それを数字であらわして、それぞれの損得を比較できるようにしようというものだ。ようするに政策の判断材料にするのが最終的な目的になる。そのリスク評価という刀でもって、ニッポンの狂牛病、ダイオキシン、環境ホルモンなど、世論の情緒的、感情的な過剰反応を斬って捨てている。

こういう考え方というのは、この数年、一定の勢力を形作ってきた。たとえば、地球温暖化対策に温室効果ガス削減をもちだすのは偽善であって、科学的根拠がない、といった主張がある。そして、温室効果ガスを削減するのに必要なコストと削減策の効果を考えれば、そこにつぎ込むよりも政策的にはもっと有効で価値のあるカネの使い方があるのだ、というような主張だ。

この、いわば反「エコロジー」陣営の代表はたとえば、5年ほど前に出された『環境危機をあおってはいけない』(文藝春秋)のビヨルン・ロンボルグがもっと も有名だろう。彼のシンパがニッポンの学界言論界にも少なくないことは、ここ数年で出版された環境関連の本を並べてみれば分かるはずだ。

話をかんたんにすれば、つぎのようなことだ。たとえば、自動車は事故というリスク、大気汚染というリスクがあって、人の健康、生命を脅かす。一方で、自動車は急病人を病院へ送り届ける、食べ物を飢えた人に運ぶ、などなど、人を救う力になる。つまり自動車を使わないことにはべつのリスクがある。使うか使わないか、どっちが得か、よーく考えないと答えが出ない。というようなことになる。

アルコール、タバコ、大麻、というのもリスク評価できる。
このなかでいちばん健康リスクが高いのは、もちろんタバコ。そのつぎは多分、アルコールだろう。大麻は健康リスクがもっとも小さいはずだ。ところが、ところが、世の中はまったく正反対の反応を示す。タバコを吸っていても逮捕されない。なぜそうなるのか、よく考えてみないといけない。

農家にとってリスク論がもっとも身近なのは、言うまでもないが、農薬だろう。農薬を使うリスク、使う農薬の種類が変わることのリスク。たとえば、DDT。この農薬は有害な農薬として何十年も前に製造禁止になった農薬の代表みたいなものだ。ところが、DDTはマラリア防止の特効薬として世界で復活した。世界保健機関はアフリカでDDTの使用を奨励するまでになった。これもDDTを使うことのリスクと使わないことのリスクを比べるところから決定されたのだ。農薬の種類別リスク、さらに何よりも、農薬を使わないことのリスク。

2年前?、?森の木村秋則氏がNHKにとりあげられて話題になった。無農薬りんご完成の物語だ。(まだ、その記録本を読んでいないが、近々読む予定。)

無農薬については、植物を無農薬状態にすると、植物自身のもつ防衛本能がはたらいて自分の体内に有毒成分を作り出す。生体内農薬のメカニズムも研究されている。人間が農薬を使って植物を病気や虫から守ってやると、植物は自分で身を守る必要がなくなる。アメリカの「核の傘」に守られたニッポンみたいなものか(笑)。その逆は、無農薬によって植物は自分を自分で守らねばならなくなる。けっかとしては、無農薬の農作物の方が体内自然農薬をふやすことになる。かんたんに言えば、無農薬の方が有毒物質が多くなる、というパラドックスが起きる(こともある)。リンゴ農家なら知っているが、リンゴはちょっと実割れしたり傷ついたりした部分が苦くなる。渋くなる。虫に吸われたりした部分のまわりも同じだ。たぶん、これも植物自身がもっている防衛反応かもしれない。

こんなふうに、単純に、無農薬がすばらしいとは言えない。そのことを抜きにしても、無農薬では世界の食糧をまかなえないし、無農薬栽培を強制されれば、農家はみな過労死してしまうだろう。

話にまとまりがなくなった。たしかに、『リスク学』、こういう「科学的」というか、「客観的」基準というか、そういうものは人間の判断材料のひとつとしては必要なのだろう。そうはいっても、人はリスクを科学的に評価しながら毎日を生きているわけではない。リスクの高いことでも、人jはやらねばならないことがあるし、リスクが高くてもそれに挑戦しようとすることも少なくない。やめろと止められることでもないし、それをバカだと笑うこともできない。そういう意味では、答えがないな。

この著書には、ひっかかる点も少なくなかった。数字のマジックみたいなものもある。「科学的」主張には、おうおうにして人をあざむくレトリックが隠れている。また、あとで続きを書くかも。

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