弘法は筆を選ばず 3月30〜4月2日

2004年版No.4
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剪定が終わって、切り取った枝を集める作業をしていたら、右手親指の付け根がビリビリと痛み出した。やがて腫れてきた。腱鞘炎だ。

この季節は剪定作業が1ヶ月以上つづく。剪定専用の鋸と鋏を使っての仕事なので、右手は酷使される。とくに西洋梨類の剪定では、太い枝の背中に林のように多数伸びた徒長枝を切る作業がある。太めのものは鋸で大半は剪定鋏で切る。握力が必要だ。よく切れる剪定鋏と鋸が必要だ。鋏も鋸も昔のように鍛造ではなくプレスした製品が今は主流になっている。

剪定技術の指導者が初心者にまず何を教えるかと言えば、よい道具を使え、だ。初心者だから安物でいいとはならない。よく切れる鋸と鋏が最初の第一歩というわけだ。ちょっと考えてもらえば分かるが、床屋が安物の切れ味悪い鋏やかみそりを使っていたら一体どんなひどい目に遭うか。果樹も同じだ。切られて「痛てててッ」と樹が悲鳴を上げるような道具を使ってはいけないのだ。切られたか切られないか自分で気が付かないくらい切れる刃物を使う。音もなく切れる鋏を使う。そういう刃物で切った切り口は毛羽だったりしない。切り口がきれいだと、その後の成長期に切り口がすんなりと修復されてふさがることになる。がさがさだと切り口から病気が入る恐れも強くなる。

と、ここまでは理想論で、実際わたしが使っているのはホームセンターで買ってきた剪定鋏だ。まあ一番高くて良さそうなものを買うようにはしているから安物とはいえないが、プロの使うべき道具かどうかとなるとかなり怪しい。それなら、どこか「村の鍛冶屋」がすばらしい刃物を作ってくれるかと言えば、村から鍛冶屋がいなくなって久しい。鋤(すき)、鍬(くわ)を含めて農機具類そのものの需要がいまやほとんど無い。当然、これらを作れる職人も絶滅しかかっているだろう。どうしても手ッ取り早いホームセンターものにたよることになる。鋏も鋸も切れ味がイマイチだから、やたら力ばっかり要る。やがて身体がぶっ壊れてくる。そういうみっともない話になるのだ。

わたしの農家仲間のなかでも、できるだけ良い道具を使おうという動きがある。剪定用鋸を青森から取りよせて使っている仲間も数人いる。一本1万2000円とか言っていたかな。たしかに良い鋸は枝にさわっただけで切れる。ちょっと大げさな表現だが、じっさいそういう感じだ。ただし、こういう良質の刃物をちょっと無理した使い方をすると、とたんにパリンッと折れてしまう。あああ、やってしまったあ。。1万円が。。。ということになる。農家はいつもいつも余裕を持って仕事をしているわけではないし、何しろ剪定量が多いから、ついつい力任せにやってしまうことだって少なくないのだ。”芸術的”に作られた高級品はそこが最大の問題だ。

けがをしたのを機会に、剪定鋏はある業者から新しいのを買った。こんどのはドイツ製でちょっと変わった仕組みになっている。鋏なのに「挟まない」。刃と刃が交差してモノを切るのが普通の鋏だが、こいつはむしろ俎板と包丁を組み合わせたようなやつだ。刃が一枚しかなく、交差もしない。どこまで良いものか使ってみないと分からないが、今年はこいつを腰に下げて農作業をすることになった。

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