"幻のりんご" 11月10日

2003年版No.17
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今年初めてりんごを買っていただいたお客さんから「おいしい!! の一言。天国の味」というメールが送られてきた。

青森のりんご試験場で開発されたこの新りんごが北斗と名付けられて品種登録されたのは1983年、だからもう20年も経つ。登録された年に苗木を植えていればもう立派な成木、働き盛りの樹になっている頃だ。普通は苗木から育てるより早く果実が成るように他の品種の樹に高接ぎして更新するから、接ぎ木して3、4年もすると実がけっこう成り始める。もし北斗が良い品種だったとしたら今や主力品種になっていてもおかしくないだけの年月が経った。日記を振り返ると、我が家で北斗を初めて収穫したのが1988年だった。初出荷した当時、お客さんの評判は「デリーシャス!」だった。その頃だったか、それより少し前だったか、アメリカかぶれの竹村某がテレビ・コマーシャルで「デリシャスとちがう。デリーーシャスや!」とか何とか、パイプ片手に偉そうな口調で宣って流行言葉にしていた。その「デリーシャス」だ。

しかし今、北斗は主力どころか補助的な品種にすらなっていない。我が家の畑を見ると、りんごの樹総数、丸葉台150本、わい性台170本のうち北斗はわずかに4本だ。食べる側から見て魅力がないからではない。作る側から見て生産を増やしたいという魅力がまったくないからだ。鳴り物入りで品種が発表された当時から芯カビ、着色不良などが問題とされてはいた。栽培技術の進歩と樹の成長を落ち着かせることで解決できる、とも言われていた。

栽培を始めてすでに10数年、ツル割れ、尻割れ、芯カビ、着色不良、アオコ(赤くならず蜜も入らない不味い果実。青実とも言う)で、樹になった果実の半分近くが売り物にならない。生産農家の結論はただひとつ、これはとても採算に合わない最低最悪の品種だ。普通の工業製品で考えても、作った製品の半分が不良品で捨てなければならないとしたら、そんなものをいつまでも作っているのは阿呆と言うほかない。1トンの良品を売るために1トンのクズ北斗を捨てなければならない。道楽か奉仕活動で作るのなら勝手だが、経済性を考える当たり前のアタマがある農家なら、こんな歩留まりの悪い品種はさっさと捨てて他の品種に切り替えてしまっているだろう。実際に一時は導入したものの、すべて切り捨てた農家も数多い。栽培をつづけている農家でもせいぜい一本か二本といったところだ。


「アオコ」、「正常果」、「尻割れ」、「ツル割れ」

・・・・写真上右:正常、上左:アオコ(同時期収穫)、下左:尻割れ、下右:ツル割れ。アオコはいつまで樹上に成らせておいても熟さない。ツル割れは果実が熟すとともに多発する。


「芯カビ」と「尻浮き」同時多発

・・・・この果実の芯カビは軽い方で、重症だと中が黒く空洞状になったり、腐っていたりする。これらは外見からではなかなか判別しづらい。尻浮きは尻割れとほぼ同じだが、外は割れていないので中でこうなっていると気づかないことが多い。


芯カビが入った果実は正常な果実よりも早く熟す。外から見ると美味しそうな色になっている。それは芯の病気というストレスが果実の老化を促進するからだ。熟しているといっても異常な早期老化なので甘みが少ない。しかも、蜜はいっぱい入っているが果肉が粉質化していてボソボソした食感。いわゆる「ミソ」。とても食べられたものではないのだ。

いかに完熟した北斗が”天国の味”を教えてくれようとも、畑の樹に成ったりんごの半分は天国に行けず、哀れ、地獄の廃棄処分される運命にある。お客さんが喜んでくれるのはうれしいが、この農家のつらさは一体どこに向けようか。北斗は、生まれたもののまともに育たず、いずれ滅びる幻のりんごに違いないのだ。

北斗は三倍体という特殊な染色体構成(普通は二倍体)をもった品種だ。りんごでは「むつ」が同じ三倍体品種で、いずれも大型りんごになる。「ふじ」や「つがる」だと1個300〜400グラムだが、北斗は500グラム前後が標準的大きさだ。大きいものは700グラムを超える。これは三倍体品種が一般に生育旺盛で果実も葉っぱも大きくなりやすい特性を持っているからだろう。この大きいことは一見良いことに思われるが、小売りする商売人の側にしてみると、非常に売りづらいりんごになる。スイカとは違うのだ。それにまた、大きく完熟して蜜の入った北斗は長持ちしない。いわゆる店持ち(たなもち)が悪い。すぐに食べないと果肉がフカフカした感じになるため、歯の悪い年寄りには良いかもしれないが、新鮮な食味は急速に失われる。鮮度が落ちにくい「ふじ」や「王林」の方が断然売りやすい。かくして店頭には美味い北斗が並ばなくなる。

生産者に嫌われ、小売店に嫌われ、そしてたまたま運良くおいしい北斗を買えた消費者だけが喜ぶ。これが北斗の真実の姿だ。

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