錯乱!錯乱!錯乱簿 6月16〜23日

2003年版No.10
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山形県内でサクランボ泥棒が出没しているという。全国版のニュースに載ったからご存知の方も多いだろう。盗難事件が続いたのは、東根とか天童とかのサクランボの主産地でだ。一晩のうちに500キロだか600キロだかのサクランボが農家の園地から消えて無くなってしまっていたという。卸値1キロ3,000円として百数十万円の大損害だ。事実とすれば、一軒の農家にとっては泣くに泣けない金額だ。

サクランボを例えば100キロ収穫するということがどれほどの仕事か、素人の人に口で言っても、文字に書いても、なかなか実感として分かっていただけないだろう。一粒7グラムとして100キロだと14,300粒だ。これだけの数の果実を傷めない形で収穫しようとすれば、われわれ専門の農家でさえ夜明けから暗くなるまで働いたとしても一人では不可能な量だ。一人あたりせいぜい70から80キロ止まりだろう。それだけの量を数時間のうちにかっぱらうには十数人規模の精鋭組織が必要だ。ということで、われわれ農家の一致した意見は犯人は農家が中心になった集団にちがいないという話になる。しかし現役のサクランボ農家は人の家のサクランボを夜中に収穫しているヒマも余裕もあるわけがない。自分の所だけで手一杯。では犯人はいったいどういうグループなのか? 盗んでも新鮮なうちに販売できるような流通経路を持っていなければ盗んだ意味はない。まさか全部「おいしい、おいしい」と自分で食べるわけにもいくまい。それに、泥棒が「収穫」という手間のかかる「仕事」をわざわざ危険を冒してやるだろうか、という疑問が湧く。そんなに「地味で真面目な仕事」を泥棒がするだろうか・・・・。この盗難ニュースは色々考えてみるとどうも胡散臭い。被害者の話どおり、そのまま信じるには無理があるのだ。

サクランボは何か人の心を狂わせるものを持っているのかも知れない。ムクドリはサクランボの実る季節になると狂気の集団に変身する。空を狂気が飛び交う。人間様も似たようなものだ。生産農家も販売業者もこの季節には目つきが変わる。消費者だって多分にそういう傾向があるのではなかろうか? 金額が他の果物よりも張るせいもあるが、それだけでもない。時期が短期間に終わってしまうためか。もたもたしていると手元から逃げてしまう幸せの小鳥みたいに。お客様からは「早く送れ、まだか、まだか」と矢の催促がくる。人より早いことに価値があるらしい。中身よりそちらの方が大事なのか?と思う。美味しければいつ送られてきたって良さそうなものだが、どうも待てないらしい。すると、どうやら消費者は「サクランボ」を食べているのではないらしい。では何を食べているのか? 「高い値段と季節」を食べている。サクランボを贈答用に送る人は何を送るのか? 「高い値段と季節」を小さな箱に詰めて送っている。サクランボとはそういう不思議な果物なのだと私は解釈している。

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