6月1日、雨除けハウスのポリ拡げ作業を開始、今年もまたサクランボ戦争が始まった。
6月2日午後、ムクドリおよそ100羽の編隊が山際の園地を急襲、我が方の早生品種レッドグローリー一本が機関砲の集中砲火を浴びて轟沈した。周囲にあった佐藤錦も巻き添えで被弾、色づき始めた果実の一部をあちこちかじり取られた。この日は風がやや強く、雨除けハウスのポリを拡げる作業を中断していた。その油断を敵の偵察機は見逃さなかった。午後4時過ぎ、園地の見回りに行った時は既に遅く、食べ頃のレッドグローリーは敵の攻撃の前に炎上、船体を大きく傾けていた。この品種は佐藤錦より10日程度早く熟す。味の方はアメリカン・チェリー風で大したことはなく、したがって食べられたとしても困らない。売り物にはしていない品種だが、佐藤錦の授粉樹としての役割も持っていて、この園地に一本だけ植えてある。
我が家のサクランボ園地は3カ所に分散してある。この山際の園地(樹齢18年)ともう一カ所の古くからの園地が合計して生産量全体の9割を占めている。昨年、若い園地の方が旧園地の収穫量を初めて上回り、完全に主役交代の時代を迎えた。旧園地は他の農家のサクランボ畑の中にあるが、若い山際の園地は一カ所だけ孤立してある。しかも周囲に人気が少なく、ムクドリにとっては絶好の攻撃目標になる。
ムクドリの集団の恐ろしさはサクランボ農家にしか分からない。この季節が来ると彼らの鳴き声はハイトーンの攻撃モードに変わる。狂喜のの叫びを上げながら繰り返し襲ってくる姿は、あたかもフランシス・コッポラの『地獄の黙示録』。空にはワーグナー「ワルキューレの騎行」が鳴り響き、攻撃型ヘリコプター・アパッチの編隊が地上に機銃掃射を浴びせる。そういうイメージを思い描いて欲しい。あのけたたましい声はまさに機関銃だ。主力品種の佐藤錦だけは、ムクドリから守らねばならない。明日、あさっては待ったなし。防御態勢を完璧に整えなければならない。
5月27日以来、ハウスの上にポリを上げておく作業と、ポリを押さえるためのマイカー線を渡しておく作業で、夜明けから夕暮れまでほとんどの時間、高さ4.5メートルの鉄パイプの上で過ごす。そして6月に入ってのポリ拡げ、防鳥網張り(写真)。踏みはずせば大けがは避けられない高所暮らしの日々だ。サクランボ戦争の相手は雨、風、鳥、時間。これらが一度にやってくる。それが仕事、と言ってしまえばそれまでだが、はたして割に合う仕事なのだろうか。家内労働力のみで、しかも雨除けハウスの上での作業は筆者ひとりで全てやる。この緊張感と疲労感はサクランボ作り農家だけが知っている。