鳥� ，気�らんぼ編
鳥�◆，蠅鵑簡�
サル、カモシカ、ハクビシン
野ネズミをめぐって
蜂のなかま
これは数年前（1990年代なかば）に直売用サクランボとリンゴの箱に入れていたチラシのシリーズ復刻版です。ご好評をいただいていたので、ここにまとめてみました。一部加筆しましたが、ほぼ原文のままです。
果樹園の生き物シリーズ
６月、さくらんぼの色づいてくるころ、山形県の果樹地帯は夜明けとともに爆音機が鳴り始める。鉄砲の発射音をまねて、数分間隔で自動的にプロパンガスを破裂させるのだ。もちろん鳥を威嚇するために。
さくらんぼが大好きなのはムクドリ、スズメ、カラス。しかし爆音機がきくのはカラス程度。なぜかと言えば、本物の鉄砲で狙われることのない小型の鳥はその怖さを知らないのだから。スズメやムクにはまったく効果がない。その食欲を前にしては、ちょっとやそっとのコケ脅しは無力だ。
カラスは実を丸ごと飲み込むように食べる。多少青くても構わない。この鳥はどうしてもさくらんぼを食べないと困るという鳥ではないので、少し注意すれば問題ない。おそるべきはムクだ。子育てのちょうど終わったころ、ムクのファミリーは３、４羽でさくらんぼ狩りにやって来る。初めは試食ていどだ。やがて実が本格的に熟してくると、あちこちから集まったムクは数十羽の集団となって、ギァアギァアヒュルルとけたたましい声を上げながらあちらの果樹園、こちらの果樹園へと降下する。人影が見えなければ歓喜の声、声、声。人が近くにいれば、ひたすら黙って食べる。最盛期の夕暮れ近く、腹いっぱいになったムクの集団はさらに集まって空を黒雲のようにおおう数百数千の大集団をかたちづくることもある。
山形生まれの童話作家・浜田広介は『むくどりの夢』という優しい作品を残している。
ムクはカラスなみに利口だ。そしてグループとしての団結力と機動性はカラスをしのぐ。知能と攻撃力であのカラスに対抗できる数少ない鳥だろう。彼らは朝夕に集まってお互いの情報を交換し、あそこが食べごろだとか、あそこは人がいないからゆっくり食べられるとか、を伝えあっているようだ。爆音機はほとんどきかない。目玉風船もきかない。鳥追いプロペラもきかない。人間の裏をかく。確実なのは防鳥網だけ。そこで、さくらんぼの樹をぐるりと隙間なく覆ってしまうのが、農家の一仕事になる。半日ものんびりしてはいられない。
これと対照的なのがスズメだ。カラスもムクドリもかじるか飲み込むタイプ。スズメはかじったり丸飲みしたり出来ないので、熟して柔らかくなった実だけをつついて食べる。行動半径はほかの鳥よりずっと短く、だいたい同じ樹に毎日何度もやってきては別の実をつつく。少しずつあちこちつつくので放っておくと意外に被害は大きくなりがちだ。
この鳥は余り知的ではない。利口なカラスやムクに比べてスズメは対抗策も楽かというと、そうでもない。学習能力は低く、警戒心も薄く、人が近くにいてもケロッとしている鈍感さがスズメの最大の武器だ。ムクやカラスは網を見れば警戒して、中まで入り込むような危険はめったに冒さない。しかし、スズメは体がくぐれるほどの小さい隙間でも見つけると、ひょいひょいと気軽に入って行くので油断はできない。一体どこから入ったのだろう？といつも感心させられる。何しろ地元のことなら隅々までくわしいので、あそこに小さいけど通り抜け自由な穴がある、という情報はしっかりつかんでいるのだ。
果樹園の生き物〜NO.2〜
７月下旬のりんご畑。リール付の釣竿を持った男が行ったり来たりしている。もちろん魚釣りをしているわけではない。果樹の枝先に木綿糸を張っているのだ。何のために？カラスを近づかせないために。
８月半ばになると早生りんごは微かに色づいてくる。これを食べにカラスがやってくる。まだ熟していなくても気にしないでガツガツと食べる。６月にサクランボ畑から追い立てられた恨みを、ここで晴らそうとするかのように。
サクランボは雨よけテントのパイプに防鳥網を結びつければよいが、りんごにはそんな枠組みがない。何より、りんごの場合はサクランボと違って栽培面積がはるかに広いため、なるべく手軽に果樹園全体をカラスから守る方法が必要になる。
そこで、一巻き千数百円の木綿糸なのだ。爆音機では広い面積をカバーできないし、うるさすぎる。カラスは自分の飛ぶ空間に糸が張ってあるのをひどく嫌う。翼に引っかけると飛べなくなるからだ。小鳥と違って小回りがきかないので、糸を身軽に避けて飛ぶことはできない。糸は間隔が３、４メートルもあれば十分だ。あまり整然と張ってない方がいい。少し角度や高低に変化をつけながら、園地の端から端を往復して張っていく。じつに簡単な仕掛だ。
これでたいてい被害は防げる。それでもりんごが食べたいときは、カラスは地面を歩いてきて、空をよくよく見上げ、糸のない下枝に乗って実を突つく。まあそれくらいは、許してあげよう。ごくろうさま。
こんなカラスよりずっと厄介なのがヒヨドリだ。ピーヨ、ピーヨ、ピーッと鳴く。９月のつがるから１１月のふじりんごの熟すまで、いろんな品種のりんごを順番に突つき続ける。糸を張っても効果はない。スーイスーイと独特の波状の飛び方でりんご畑にやってくる。大集団で来るわけではないので、壊滅的な被害はまずないが、毎日のように来てあちこち突つかれるのは面白くない。洋梨類や桃、柿など熟せばなんでも突つく。福島ではサクランボも食べるらしいが、ここらの地方ではまだ見たことがない。
ヒヨドリは、農家がりんごやサクランボの受粉用に飼っているマメコバチも食べる。春、満開の花のなかに頭を突っ込んで一生懸命働いている１センチほどの蜂を捕まえるのだ。この蜂は刺さないし花粉あつめに熱中しているので、簡単に捕まるらしい。蜂も果実も食べるなんて、まったく調子のいい奴だ。蜂の仲間についてはシリーズの別の回で紹介しよう。
果樹に害はないが、キジも畑の顔なじみだ。ほとんど一年中いる。餌の少なくなる冬は人家のまわりで生ゴミあさりをする。地上を生活の場とする鳥なので縄張りがはっきりしていて、ケーンケーン、ブルルという、例の雄の鳴き声がいつもどこかから聞こえて来る。７月ごろになると母鳥の後を枯草色の幼鳥が４、５羽ぞろぞろついて歩く。人が近づくと一目散に草むらのなかへ逃げ込む。四方八方でたらめに逃げ出すので、誰がどこに逃げ込んだか分からない。しばらくするとあちこちの草陰からピーピー、親を呼ぶ小さな声が聞こえてくるのだ。
果樹園の生き物〜NO.3〜
雪は青白く明るく、水は燐光をあげた。すばるや参(カラスキ)の星が、緑や橙にちらちらして呼吸をするように見えた。
晩秋から初冬にかけて食べ物が不足してくると、山から猿が降りてくる年がある。彼らは群れで行動し、山越え川越えやって来る。わたしたちの果樹園に来たことはないが、山ぎわの園地に来てりんごや柿を食べていった話はときたま聞くことがある。近くの吾妻山は、白猿が出ることでも知られている。
猿は相手を見る、という。女や子供、年寄りは特に危険だとも言われる。ひとりで山にキノコとりなどに入って、いつのまにか猿に取り巻かれていた体験を持つ人もいる。集団だから怖いという。
山形県の高畠町で農業を営んでいる知合いの話。
……毎晩のように果樹園に猿がきて果物を食いあらすので、ほとほと困ったその人はある日の夕方、畑の樹に屈強な犬をつないでおいた。犬猿の仲と言うくらいだ。猿も嫌って近寄らないだろう。これで夜も安心、ゆっくり眠れる。あくる朝その人は園地に行ってみた。すると、畑はまたもや荒され、威勢よく吠え立てていたはずの犬が、樹の下にちぢこまってブルブル震えていたそうな……。
猿の話は十何年に一度あるかどうかという程度だが、カモシカは毎年姿を見せる。それも夏にやって来る。カモシカは果物は食べないが、伸びてきたばかりのりんごの新しい葉は食べる。うす黄緑の柔らかい葉だけを食べるのだ。豆でも植えてあると、いつのまにか丸い葉っぱがきれいになくなってしまう。山から降りてきてまた山に帰って行く。顔を合わせても人を怖がらず、こちらをじっと見ていたりする。食べるだけ食べると、仙人のように悠然と去って行く。
ノウサギも春先の深い残雪のうえを渡ってきて、りんごの花芽をむしりとるように食べる。そのウサギの捕まえ方についての、近在の別のじいさまの話には笑わせられた。ここでそれを再現できないのが残念。
ハクビシンという動物も県内には結構いるらしい。南方系の生き物だから、雪の多い米沢ではまだ見かけない。タヌキかアナグマのような格好をしているが、身軽で電線でも樹の枝先でも楽に伝っていくという。茅ぶき家の屋根裏にも巣をつくる。被害にあった人の話ではブドウなどが好物。食べ方は行儀が良くて、自分が食べかけたブドウの房はきれいに残さず食べるそうだ。つまり、その房が終わらないうちは別の房に手を出さないとか。
ちょっとだけ気に掛かっていることだが、さくらんぼを食べる正体不明の動物がいる。姿を見たことはない。糞は２回ほど見た。ほ乳類だ。実を丸飲みしているから人間ではない。糞の中に種がかたまって入っていた。枝の所々で食べた跡を見たことがある。さくらんぼの軸だけ残して実がごっそり消えて無くなっていた。夜行性だろう。防鳥網をくぐってくるらしい。被害は気になるほどではないが、正体が気になる。ひょっとして、これがハクビシンか・・
補足修正（２００７年９月）：ハクビシンは米沢にも数多く棲息している。上の原稿を書いた頃（１９９０年代半ば）は、筆者自身、実物を目撃したこともなく確信がなかったが、「正体が気になる。ひょっとして、これがハクビシンか・・」と書いたのは、まさしくハクビシンそのものだった。これについては『果樹園の生き物図鑑』に写真を掲載してある。
果樹園の生き物〜NO.4〜
「その樹を倒すと、根っこの下からは芋の子掘ったみたいにネズミがぼろぼろ、ぼろぼろ、出てくるわ出てくるわ……おじいさんは、たまげて腰を抜かしてしまいました」
寿命のきたりんごの樹を、重機で根っこごと押し倒すとこんなことがよくある。わたしたちの果樹園でも毎春十本ぐらいずつ倒して、跡地に苗木を新植している。そんな古い樹の根っこには親子の野ネズミが巣を作っていることが多い。
野ネズミは正しくはハタネズミと言い、薄茶色で体長１０センチくらい。イエネズミよりも全体に丸い感じで、尻尾も短い。まさに「芋の子」だ。草食性で、植物の根や茎を食べる。とくに冬から春にかけては、根雪の下でりんごの樹の皮や根を食べる小さな害獣だ。りんごやサクランボの苗木、幼木、若木が狙われやすく、ぐるりと一回り皮をかじりとられた木は急激に衰弱する。苗木などは、根元がまるで鉛筆かゴボウを削ったようにされて枯れてしまう。実を食べるならまだしも樹そのものを枯らしてしまうのだから、果樹農家最大の敵と言ってもいい。しかも彼らはいつも暗い地下に潜って滅多に地上に姿を見せない……。
彼らといかに闘うか。地下に張りめぐらした通路を彼らは自由に走りまわる。所々地上への出入口を作り、そこから餌となるものを素早く引き込む。秋、地面に落ちていたりんごを拾ってみると、その真下に小さな穴があって、りんごは下半分がきれいに食べられている。拾ってみるまで、そこに地下に通じる穴があるなどまったく気付かない。まるで村上春樹のスカ小説みたいだ。
地下にいる野ネズミの敵はと言えばヘビだ。しかし最近は畑であまり見かけなくなった。一般に言えることだが、草食、雑食性の動物や鳥、昆虫にくらべて、肉食性の生き物いわゆる“天敵”の数や種類の減り方が激しい。もちろん人間の活動が彼らの生活圏を狭めてきたからだろう。
同じ肉食性で、野ネズミ狩りの名人、フクロウはどうか。春先、みんな寝静まった夜更けに聞こえてくる鳴き声、ホウ、ホウ‥‥ゴロスケ、ホッホ‥‥。今夜もオスがメスに野ネズミのごちそうを貢いでいるのかもしれない。あれを聞くたび、この冬も無事に越せたのだなと安心させられる。しかし山に近い畑ならともかく、巣を作れるような穴のある大木、古木が少ない果樹畑では、フクロウの活躍も自然と限られてくる。
イタチは根雪がまだ深く残っているころによく来ているようだ。猫もあんがい野ネズミ・ハンティングが好きで、雪のない季節は人家から少し離れた畑にもやってくる。やっぱり生き餌を捕らえたいという本能の力は大きいのだろう。このほかにもトンビは毎日空を舞いながら畑を見おろしている。そして、意外にもカラス。カラスは普通ならネズミを捕まえる能力は持たない。が、倒したばかりの樹木の、むき出しになった根っこの辺りで慌てふためいている芋の子のようなやつらなら、めざとく見つけて捕まえてしまう。カラスは、そういう穴場もよく知っていて、樹倒しの現場があるとすぐ獲物探しにやってくるのだ。
さらに最近驚かされたことがある。モズの「はやにえ」はよく見かけるが、それは通常カエルやバッタが犠牲になる。ところが何としたことか野ネズミがりんごの小枝に串ざしになっていたのだ。こんなことをするのはモズしかいない。それにしても自分と大きさのたいして変わらない相手だ。おそらく捕まえることさえ容易でなかろうに、それを１メートルほどの高さまで運び上げて、手ごろな枝の突起に突き刺したのは、ただただ天才的な仕業というほかない。
果樹園の生き物〜NO.5〜
蜂には針で人を刺す蜂と刺さない蜂がいる。ミツバチ、スズメバチ、アシナガバチは刺す。毎年スズメバチさわぎがニュースになるが、ミツバチが人を刺しても害虫とは言われない。子供のお話に出てくるようにけっこう善良な生き物とされてきた。しかしある種のアレルギー体質の人は、ミツバチでも刺されると生命に関わるようなこともある。ではスズメバチは害虫か？
子供が遠足に行った野山でよくさわぎを起こすキイロスズメバチを、当地方ではカメバチと呼んでいる。たぶん巣の形からきた呼び名だろう（カメ=瓶）。あのバスケットボールぐらいの大きく丸い巣を作るやつだ。この蜂は９月から１０月はじめにかけて甘く熟したりんごを食べる。とくにヒヨドリなどがつついた痕や傷がある部分から食べ始めることが多いようだ。無傷の果実には手をつけない。だから実質的な害はない。たいてい一心不乱に食べているので危なくないが、その近くで収穫作業をするのは余り気分のいいものではない。手を伸ばしたりんごにスズメバチが入っていた！というのは・・。
ただ刺す心配があるからというだけで、ヒステリックに「駆除してしまえ！」というのはやや乱暴にすぎるだろう。住宅地の近くだと巣を放置していて子供が刺されでもしたら市や町の管理責任が問われたりするので、通報があるとすぐに飛んできて蜂をすべて抹殺してしまう。これがニッポン社会の、野生生物に対する寒々とした対応なのだから、生き物はつらい。蜂は殺されても文句は言わないが、人間は刺されもしないうちからブンブンとウルサイので始末が悪い。どんな生き物でも自分の巣が危険にさらされれば相手を攻撃してくるのは当り前。不必要な刺激をしなければ、理由もなしに蜂は襲ってこない。スズメバチに出会ったら、さわがずに死んだふりをしよう………。
果樹の花の受粉に欠くことの出来ない働きをしてくれる蜂の仲間にはミツバチ、クマバチ、マメコバチなどがいる。ミツバチは、地域の農家共同で養蜂業者に頼んで、花の時期にだけ畑に巣箱をおいてもらうが、ほかに野生のミツバチもけっこう多い。クマバチは体が大きく豪快に花から花へと飛ぶので、受粉の効率が一番いいといわれている。もちろん数ではミツバチにかなわないが。
マメコバチというのはもともと野生の蜂だが、果樹農家の多くがこれを飼っている。というのも管理がとても簡単だからだ。まず、針を持たないので刺さない。りんごやサクランボの花の時期はミツバチよりもずっとよく働く。体はミツバチより小さい。社会を作り女王蜂もいるミツバチとちがって、マメコバチはそれぞれが単独行動をしている。巣は、水辺に生える葦の茎を節をまん中にして２０センチくらいに切ったもので、これを１００本ぐらいずつ束ねて木の枠のなかに横に並べて詰めておく。葦は２、３年毎に新しいものと取り替える。
めすの蜂はこの巣筒に花粉を集めては卵を一個ずつ産み、土で仕切りをつくってはまた同じ作業を繰りかえす。一本の筒にこうした小部屋がいくつかできると入口を土でふさいで、次のべつの筒に移っていく。わき目もふらずに働くという言葉は、この蜂にこそふさわしい。雨の日以外は休みなく働いておよそ一ヶ月、この仕事が終わるころ母蜂は命が尽きる。あとには巣筒が残されて、その中で幼虫が花粉を食べながら育ち、やがて秋にはその小部屋の中で成虫になってそのまま越冬する。巣箱は雪が降る前に畑から小屋に持って帰り、つぎの年の４月にふたたび畑に戻せばよい。開花が近づいて温かい日がつづくようになると、土の入口をカリカリと破って蜂が次々と出てくるのだ。
昨年は暖冬、暖春で気温がずっと高めだったせいかマメコバチの活動はいつも以上に活発だった。自宅近くの畑の巣筒は花粉の小部屋ですぐに満杯になり、新たに卵を産む空き筒がなくなった。ある晴れた日、窓を開けはなった部屋でふと気がつくと、本棚においてある３６色セットのサインペンの軸の穴に蜂が出入りしているではないか。穴の大きさと奥行きが手ごろだった。サインペンがインク部分の短い安物だったのが幸いしたのだ。こうして上げ底気味の筒穴は順々に土でふたをされてマメコバチの揺りかごになっていった――。
(2000年記)