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地上デジタルはテレビ滅亡の一里塚だ ・・・ [2009/10/7]

きのう、NHKの技術屋さんと測量屋さんが我が家に来た。テレビの地上デジタル化で、電波の中継塔を我が家の山林に建てさせてくれという話なのだ。その現地立ち会い確認のために、さっそくいっしょに山に行ってきた。

吾妻山の天元台に中核の送信塔があるが、その電波を受ける施設が必要だということだ。我が家の土地が地形上、その中継点として最適だと言っていた。たしかに、すぐ近くにはかつて日本軍の防空監視所があったぐらいだから、地形的には「要衝」の地なのだ。

NHK の技術屋さんは、デジタル化なんか要らないという意見の人が多いですがねえ、と言っていた。そうだろう。今のテレビでふつうの人はべつに何も不自由、不満はないし、わざわざ新しい受信機をあれこれ買うのはバカバカしい。40歳くらいの技術屋さんは、「わたしの親の世代なんかと話すと、みんなそう言うんですよね」と苦笑していた。

デジタル化で誰が得をするのか。家電メーカーだけで、ほかは儲からないそうだ。景気低迷の時代に全国民にデジタル対応家電製品を買わせる。この薄汚い政治的ネライ(笑)、それは家電メーカーに束の間の甘い汁を吸わせることだろう。エコポイントにしろ、不要不急の家電製品を無駄に買わせる。こういう愚民化政策の一環を、この地上デジタル化も担っているわけだ。今の時代、家電メーカーと自動車メーカーだけが甘い汁を吸わせてもらっている。

放送関係業界にしてみると、新たな設備投資が必要になるわけだが、それに見合うだけの資金回収が可能かどうかはかなり怪しい。デジタル化で得るものがあるのかどうか、まったく保証がない。新たなビジネスチャンスにしようにも、デジタル化テレビの利用価値は特殊な用途だけに限られるだろう。

現代のニッポンで最後の「護送船団」、それは民放各社と新聞社だと言われている。とくに民放は放送事業の許認可権をにぎる総務省(前は郵政省)のもとで戦後ずっと保護されてきた。しかし、新聞社もおなじだが、インターネットなどの通信コミュニケーション環境が劇的に変化した今日、経営的にはどん詰まりの危機的状況を迎えている。環境省によると、民放も新聞社も典型的な「絶滅危惧種」に指定されている。護送船団方式に守られて、東京中心の中央集権的なシステムにあぐらをかいてきた彼らも、もう明日はない。

こういう放送業界の"55年体制"は早晩、がらがらと崩れるだろう。早い話、経営破綻、合併、吸収、消滅、の時代に入っていくだろう。デジタル化は、この民間テレビ業界にとどめの一発を加えることになるのじゃないか。滅びるものは滅びるしかないのだ。

実のところ、デジタル化については興味がないので、今まで勉強したことはなかった。今回はじめて総務省のサイトを見たのだが、その必要性について、納得することがまったく出来なかった。こんなの無意味にしか思えない。
総務省・地上デジタルテレビ放送のご案内

どこの阿呆がこんなことを進めているのか。時代錯誤とはこのことだ。無駄な抵抗とはこのことだ。

はるか昔、テレビが登場した頃、大宅壮一が「一億総白痴化」と書いた。それからもう半世紀が過ぎた。テレビの時代は終わった。若い人ほどテレビを見なくなった。デジタル化でテレビ離れは止まらない。テレビにいつまでもしがみついていたい人たちは、テレビとともに海の藻くずとなるだろう。

後日譚。この我が家の山林に中継塔を建てる話は消えた。測量屋さんが土地の図面を見誤っていて、じっさいは別の人の所有地を我が家の土地とばかり思いこんでいたらしい。その人の土地に立つことになった。