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シッポを振れ、ちぎれるほどに NY → アフガン → イラク [2008/3/31]

ずっと前に次のようなことを書いた。

アメリカという国を見ると、自由主義な国家社会は時間とともにより良いものに進化するというのが妄想であることを知るだろう。国家は必然的に劣化する。避けがたく退化する。生ものは腐敗する。アメリカとは、消費期限のとっくに過ぎた生クリーム菓子のことである。最初は美味しそうに見えたが、食べてみると腐っている。

アメリカ合衆国がイラク戦争を始めたとき、当時の小泉純一郎首相はアメリカを断固支持した。小泉氏が必死こいて言っていたのは「支持しないとニッポンが孤立する」という分けの分からない理屈だった。「国際社会から孤立した国が戦争に突っ走るのだ」という自説を口から泡を飛ばしてわめいていた。彼の言うコクサイシャカイがアメリカ合衆国を意味しているのは言うまでもなかった。「アメリカこそが国際社会」という、殆ど小学生も口にしないような妄言愚論を、小泉氏は堂々と発信していた。

「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」とかいう昔の人の川柳?にならって言えば、「コクサイシャカイとは俺のことかとブッシュ言い」、となるだろう。

あのアルカイダを殲滅するという、アフガン戦争開始から6年半が過ぎた。アメリカが名付けたこの戦争の作戦名は、Operation Infinite Justice「無限の正義」作戦から Operation Enduring Freedom「不朽の自由」作戦へと移った。イラク侵略戦争は、Shock and Awe「衝撃と畏怖」作戦開始から5年が過ぎた。合衆国の戦争オタクはこういう名前を付けるのが至上の喜びらしい。

あらためて書いておくが、朝鮮戦争にしろ、ベトナム戦争にしろ、戦争の一方の当事者であるアメリカの名前がない。たいてい戦争の呼び名というものは、戦った当事国の名前を並べるものだ。この主役アメリカの名前のない戦争という事実の、奇怪さ、異常さに、わたしたちはもっと鋭敏であるべきだと思う。いつもいつもどこかの国で戦争を仕掛けている、まったく異常な国家存在なのだ、アメリカは。あの国が戦争をするのは余りにも当たり前すぎて、戦争当事者としてのアメリカの名前を戦争名に書き加える必要さえ感じない。そういう錯覚錯誤、思考マヒの世界にわたしたちは生きている。ふと振り返るとぞっとする世界だ。

本来あの戦争は、米イラク戦争と呼ばなければならないのだ。しかしアメリカの一方的な侵略戦争だったゆえに、戦争はイラク国土のなかだけで進行した。イラクに先立つ戦争は米アフガニスタン戦争だ。これもアフガニスタン国土のなかだけで、いまだに終わり無く続いている。一つの国の中だけで戦われている戦争、それを侵略戦争、とふつうのアタマの人間なら考える。アメリカ人やニッポンの忠犬ハチ公は、この期に及んでもそれを「テロとの戦い」だと言っている。

これらの戦争開始のさい、アメリカ合衆国を断固支持したのは、ニッポンではもちろん小泉氏だけではなかった。いろんな頭のいい方々の顔が思い浮かぶだろう。政治家、評論家、学者、ジャーナリスト・・・。イラクでは、核爆弾やら毒ガス兵器やらゴロゴロと見つかるような話だった。大量破壊兵器の疑いがあるというだけで、何万人ものイラク人が殺されることになった。怪しい奴は殺してもよい、そういう理屈がまかり通った。アフガニスタンの山の中には、ビンラディン一派が潜んでいる。奴らがマンハッタン国際貿易センター攻撃を指示した。ゆえにアフガンのタリバン政権を倒せ。そういう理屈がまかり通った。そしてこちらも何千何万とも知れないアフガン人が殺されることになった。ビンラディンが9.11を指示したという明らかな証拠はどこにも無い。にもかかわらず、あたかもアフガニスタンのタリバンとそこに潜むアルカイダがニューヨーク事件の主犯者だというデマゴギーが流布された。今でもこのデマを疑わない人間が大半だろう。アメリカによる報復大量殺人を支持したニッポン人を一人一人もう一度思い出して欲しい。そういう人々はその後も反省さえしてない。自分の間違いを恥じることさえない。例えば読売などは相も変わらず言い訳と自己正当化の社説を垂れ流している。

『アメリカの国家犯罪全書』(2003年3月刊行)前書き

昨年末には、アフガン戦争を続けるためにインド洋の自衛隊給油法案が自民党と公明党の衆議院再可決で成立した。ニッポンというのはアメリカにシッポを振り続けるしかない惨めなイヌ国家である、という現実をまざまざと世界にさらした。ここまで来ると、給油撤退が「国際信用」をなくすという理屈よりも、給油再開による「国際的恥さらし」を心配する理屈の方がまともに見えるだろう。日本国憲法にうたったはずの「名誉ある地位」とはこういう恥をさらすことだったのか。

さて、いつもいつもお友達との「首脳会談」があるたびにニッポン側が唱えるお経の一節に、「価値観を共有する両国が・・・」というのがある。このお友達関係のことを「日米同盟」と呼ぶ。共有する価値観が、何を意味するのかといえば、かんたんには経済は自由主義市場経済、政治は民主主義のふたつということになっている。これに対立する価値観は、したがって経済は国家統制経済、政治は「非」民主主義ということになる。そういう、お友達と「対立する価値」をもつ国家とは敵対しなければならない。で、問題は、この価値観はニッポンとお友達仲間のアメリカとで本当に共有されているのか、そしてこの価値観ははたして正しいものかどうか、仮に正しいとしてもそれは何よりも優先すべきほどのものなのかどうか、毎度毎度お経のように唱えなければならない重大なことなのか、という点にある。

まず、本当に「共有している」のかを考える。結論から言うと、共有しているのではなく、お友達から押しつけられてきた歴史があるのみ、というべきだろう。口をこじ開けて無理矢理突っ込まれた「価値」だったはずだ。にもかかわらず、自分から進んで呑みこんだと思いこんでいるのがニッポンの戦後史だった。強姦されても、わたしは同意のうえだったのよ、と笑顔で証言するようなものだ。性欲を両国は共有しているというような話だ。しいて言えば、日米同盟とは売春買春によって成り立っている。身体(たとえば沖縄)を売ってゼニ儲けをさせてもらっている。そのお陰で、沖縄で米兵の性犯罪が絶えなくとも、日米同盟至上主義者はそれは必要悪ぐらいにしか感じないのだろう。米軍基地はすべてのことに優先するのだ、と。

「共有している価値」とかいうものについては、そんなことだ。では、「共有していない価値」は無いのか。お友達とはここが決定的に違うゾ、という価値観はあるのか。日本固有の価値はあるのか無いのか。日米同盟主義者には、日本固有の価値を云々することさえ禁句だろう。違いがあってはならないし、あっても重要なものと思ってはならない。同じ価値観を持っていないとお友達でいられない。日米同盟が壊れる。アメリカに嫌われたらコクサイシャカイから「孤立」する。それは死ぬより恐い。そういう感覚が、このニッポンを支配してきた。自分のアイデンティティを捨てることが善であり、進歩であるというのだ。これは、中高生が自分が仲間はずれにされるのが恐くて、みんなと同じ話題を語り同じファッションをまとい同じ相手をいじめることでお友達関係を維持したい、と思う心理と同じものだ。だから、ニッポンの政府もマスコミもふつうの国民も、アメリカとは共有する点ばかりを強調して、中国や北朝鮮とは違うところばかりを強調する、ということになる。

なぜ、この国は「お友達とは共有していない価値」を大切にしなくなってしまったのか。共有していない価値は古臭い価値、時代遅れの価値、捨て去るべき価値、なのか。

つらつら考えても、日米同盟がもたらしてきた袋小路に出口はまったく見えてこない。1990年代以降、経済的にも、政治的にも、国際的地位から転落しつつあるこのニッポン国の姿。それは、福沢諭吉という、この手の脱亜入欧主義者の草分けを、基本貨幣である1万円札の顔として飾りつづけていることに、象徴されている。10数年前に始まった東西冷戦の終結と湾岸戦争と日米構造改革協議とによって、お友達にシッポを振り続ける忠犬はみじめな運命をたどってきた。それは「改革」をかかげる小泉純一郎氏や竹中平蔵氏によって加速され、この国は今や外堀も内堀も自分で喜んで埋めてしまうことになった。そして結果、社会は分断され、ニッポン人は急激に流民化していくことになった。さまよえるニッポン人だ。国民経済的な転落、国際政治上の地位転落がジワジワと進む。アメリカ追従の中東政策で途上国から失望を買った。東南アジアで戦後ニッポンという経済成功モデルのイメージを失った。中国に足元を見られ、朝鮮半島で孤立した。シッポのちぎれたイヌは、やがて太平洋の向こうの飼い主にも捨てられるだろう。