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[続] ゴジラ、ニューヨークを行く・・隠された日米同盟のメッセージ [2003/01/17]

スペースシャトルの日本人ピエロ

この10年ほどの間、地球を回るスペースシャトルが日本の子供たちに宇宙への「夢」を振りまいてきた。日本で初めて宇宙飛行士の選定が行われたのが1985年、チャレンジャー号の大爆発事故で計画は遅れることになったが、ようやくトップバッターとして毛利衛氏が初めて乗り込んだのが1992年、94年に向井千秋、96年若田光一、97年土井隆雄、98年再び向井千秋の各氏と相次いで日本人も乗せた宇宙船が地球をめぐった。そのたびに日本の子供たちと宇宙飛行士とのあいだを衛星テレビ中継が結んだ。楽しさを演出するイベントがくり広げられた。

毛利氏2回目の飛行となった2000年のスペースシャトル・エンデバーで地球の精密な立体地図が作成された。その成果の公開が軍事上の理由からアメリカ政府によってストップされた。9.11の影響があったと言われている。日本は宇宙の軍事利用を禁止する立場をとってきた。1969年の国会決議がその根拠になってきた。参考:http://www.geocities.co.jp/Technopolis/4025/EOS4.html

日本の宇宙開発体制は、スペースシャトルのミッション参加によってアメリカによる宇宙軍事利用体制の共犯関係に組み込まれてしまったとも言える。まだ間接的な関与でしかないが、直接関与への道はさほど遠くない。こどもたちに何と素晴らしい未来への夢を与えてくれていることだろう。毛利氏はその後も活発に、子供たちの前で科学の伝道師ぶりを発揮している。

この1990年代以降のシャトル・ミッションはポスト湾岸戦争の時代とぴったり重なった。そしてアフガン侵攻、今日の米イラク対立に至る。日本国内ではこれと共鳴して PKO 立法、周辺事態立法、有事立法、とあっという間に法体制が塗り替えられていく。現憲法は完全に骨を抜かれた。すべてが同時並行で進んでいく。

そして、野茂はアメリカ西海岸に渡った

近鉄バッファローズの野茂英雄が太平洋を一人で渡ったのは1995年ロサンゼルス、大魔人・佐々木が2000年シアトル・マリナーズ、イチローが2001年、これもシアトルつまり西海岸。2003年、松井はついに東海岸のニューヨークまでたどりついた。

アメリカ人たちの中に加わって活躍する日本人、最先端の分野、”本物”の分野で堂々と戦う日本人、そういう映像を日本のマスコミは流し続けた。日本人の実力もついにアメリカなみになってきた、と。がんばって来いよ、と。これは新聞、テレビのニュースで毎日のように報道されるので日本人に対して非常に大きな宣伝効果を持つ。視聴者はそれを期待し、マスメディアがこれに応える。

それは予め意図されたキャンペーンだ、と断定するのはやめておこう。要は、意識的な演出かどうかにかかわらず、現象として、日米同盟の「明るさ」を繰り返し日本人の心に植え付けているという事実があるということ、それなのだ。アメリカ人と共に戦う我ら日本人の心像のリフレーン。「アメリカ人と戦う」のではない。アメリカ人と「共に戦う」のだ。宇宙で、野球場で。このメッセージ性は大きい。日本人に対する同盟のメッセージ。日米のパートナーシップだ。湾岸戦争以後、この傾向は急に強まった。

そしてインド洋上には今、アメリカ軍の「テロとの戦い」を支援する日の丸自衛隊艦船がある。最初は燃料給油艦だ。つづいて馳せ参じるのはイージス艦。そのつぎ戦争メジャー・リーグにデビューするのはゴジラかモスラか。やっとニッポンも一人前の大リーガーになるチャンスが回ってきたというわけだ。めでたい、めでたい、と。どこからともなく「共に戦う」大合唱の声が聞こえてくる。

「アメリカで一旗揚げる時代」の終わり

わたしは、メジャー・リーグを目指す野球選手よりヨーロッパのプロ・サッカー・リーグに進出していった若者たちの方がはるかに健全だと思う。サッカーは一国主義ではない。多国にまたがる国際協調の上に成り立っている。アメリカが一番だ、という価値観からは遠く離れている。かつて戦争でぐうの音も出ないほどにねじ伏せられた相手という、対米コンプレックスとも縁がない。対ヨーロッパには対米のような大国への従属意識を必要としない、精神的健康がある。

もちろん、イチローや松井をダメなやつだというつもりはないし、やめておけと言う気もない。彼らは彼らの夢を叶えたいために行動しているだけだろう。ただ、姿をはっきりとは見せない何か、空気のような何かが彼らを踊らせているように感じるだけだ。本人たちの意識とは全然関係のないところで、彼らは踊らされている。

さらに付け加えれば、もう「本場アメリカで一旗揚げる」というスタイルが価値のある時代は終わりにして欲しい。そういう若者が「ヒーロー」である時代はもう要らない。むしろわたしはアジアの貧しい国でアジアの貧しい人たちと「共に戦う」生き方を選ぶ人たちの方をカッコいいと思う。日本という国のあり方を考えるとき、そんな方向こそが今世紀の長い視野に立ったときに進むべき、本当の道のように思う。